掲載記事
掲載記事一覧へ戻る
※フレーム使用の為、画面左側にナビが表示されない場合はこちらからTOPページへお入り下さい。

【雑誌名】[Re No.109]
【発 行】 平成9年9月1日
【発行所】 財団法人建築保全センター

陸別保育所について


小室  雅伸
(有)北海道建築工房代表取締役


寒さへの取り組みから環境共生建築へ

 北海道における寒冷地建築への取り組みは主義主張ではなく生活のための必然として続けられてきた。省エネ以前の問題として寒さを防ぐこと、より効果的な暖房を求めることに生活者の側も建設する側も差し迫る問題に対し工夫を重ねざるを得なかった。官民学一体となっての取り組みの成果として,今では或るレベルに達したといって良いであろう。住み手は暖かいうえに暖房費が節約でき,作り手は暖かいと喜ばれクレームが減り技術をセールストークに営業ができる,という具合にそれぞれの思惑は違っても寒さへの取り組みという目的は一つであるから新しい技術の広まりは早かった。
 建築家としての私の思惑は設計の自由度を広げるため,ということになる。約20年前の実作第1 号は全体がワンルームに近い吹抜けのある住宅であった。今ではハウスメーカーでさえ当り前の吹抜けであるが当時の状況は,暖房をする部分を小さく区切って暖めるのが常識。そんなことしたら寒いのでは,という懸念を封じる断熱・暖房の裏付け無しでは実現できないのである。ため込んださまざまな魅力的な空間の知識も寒冷というバリヤーを克服しなければ役立たずなのである。
 設計の自由度を高める,という意味はできる限り建築を構成する要素を単純にしたいということである。空間を形づくる基本的な要素の床・壁・屋根そして窓扉を考えることに熱中したいのである。できることなら設備装置のことなど考えたくないし,設備装置の要請で空間造りに制約など加えられたくないのである。床・壁・屋根そして窓扉の性能(断熱性能・蓄熱性能・耐久性など)を高めることが,設備への依存度を低くし,設備計画の自由度をも高めることを知った。
 それは過去の建築に学ぶことにつながる。設備装置の無かった時代の知恵である。そこには作り手の側だけではなく住まい手の工夫も含めて建築を成り立たせる生活文化があったと思う。すべてを建築のハードによる自動制御に委ねきらずに住み手のソフトが少し分担すること,その分担することが建築を楽しむ部分なのでは,と思っている。


陸別町の保育所

 陸別町は十勝平野の東方,緑豊かな丘陵部にある人口4000人を切る林業の町。この町の売り物は「日本一の寒さ」。年平均気温4.3℃,1月の平均気温−12.1℃で最低気温が−30℃以下を記録する。降雪は少ないので地盤の凍結がひどく建設の基礎工事はゴールデンウイーク以降が常識。内陸性の気候だから夏は30℃を越える暑さにもなる。十勝を含め北海道の東部は日照が多い。陸別の年間日照時間は2000時間以上で冬季も十勝晴れと呼ぶ晴天が続き,札幌のような裏日本的気候とは大きく異なるのである。
 この町は元気がいい。とてつもない寒さをハンディではなく「しばれトピア陸別」(しばれる=ひどく寒い)と宣言し,寒さを自然の恵み・エネルギーと積極的にとらえた街づくりを展開している。まずは住まいから。1978年の外断熱の公営住宅を皮切りに,高断熱建築への試みがあらゆる施設に展開されるのである。興味深いのは,屋根板金の色。1983年から公営住宅の屋根が白になる。日照の多さが夏には屋根面温度を上昇させて室内を暑くしてしまう。反射率の高い色として白なのである。以後公共施設にも個人住宅にも広がり,陸別町の景観要素の一つになっている。
 陸別町には二つの保育所があったが,一方が老朽化し改築が必要となったため,一つの保育所に統合することになった。役場の担当者は保母さんたちを他市町の見学に連れだして新たな保育所像をともに考える下地をつくり,こちらには木材を生かした建物,高断熱はもちろんのこと陸別の気候特性を充分に生かしたパッシブソーラー利用の保育所の提案が求められた。


配置計画

 敷地は小学校の隣,中学校が道路の向かい側にある。敷地面積は1haを越える広さ。この広さに対応する伸びやかな建築がふさわしい。道路と平行に東西に引き延ばし,南東面に職員室から保育室を配置する。朝日が昇るとともに太陽光の熱を取り込むことが大切。この地の最低気温は放射冷却がピークに達する朝7時ごろに記録するという。

建築計画


(画像をクリックすると別画面で大きくなります)


 子供たちの建築,保育所や幼稚園などの施設はとりわけ豊かな外部空間が求められる。英才教育を売り物にしている幼稚園以外はおそらく建物の中で過ごす時間よりも外で過ごす時間のほうが長いに違いない。或いは,そうしたいと考えているに違いない。外の空間,外と内との間の空間を作るために建築の形態が決められた,といっても過言ではない。

・ポーチ廻り
 物見櫓が付いた屋外物置と玄関を結んで長く庇を設けた。これは保育所へ迎え入れるゲートのようでもある。庇の下の空間は雨宿りの場であり,夏の暑い日差しを遮った遊び場であり,運動会の準備作業場である。菜園に予定している側には水場も設けている。秋の収穫祭には賑やかにジャガイモやニンジンを洗うのである。

・テラス
 各保育室からはサンルームを経て連続する木製のデッキテラスにつながる。それぞれの年齢単位に透明な屋根を掛けた部分も設けた。少々の雨や肌寒い時期にも使える場所を作るためとサンルームに対する夏場の日射調整の役割も兼ねている。

・中 庭
 陸別は内陸だから風の弱い地域であるが,低い気温では少しの風もひどく身に凍みる。風を遮った日溜まりの空間はすこぶる心地よい。小さいながらもここに設けた中庭は欲張りな機能を持たせた。まずは,遊戯室,廊下,図書コーナー,調理室,用務員室に光と風をもたらす。調理室にとっては屋外の調理場になるし食事の場になる。
 玄関から入ると中庭は真っ正面に目に入る。向かって行く先が明るく光溢れていることは重要な空間演出である。七夕やクリスマスツリーのディスプレイ場所でもある。
 ここの床下もピットになっているので床暖房の余熱でロードヒーティング状態になるはずである。が,わざわざ断熱して雪が溶けぬようにした。多くはない降雪だから雪を眺めましょうということになり,雪だるまのディスプレイも可能にしたのである。「しばれトピア陸別」の余裕である。

・保育室
 3歳と4歳児は2クラス編成で,5歳児は一つにまとめる保育方針である。3,4歳室は流し台のあるサンルームを共有する構成だからセミオープンな関係にある。保育室の面積は一クラスあたり約60m2とたっぷりのスペースを与えて幾つかのグループでの活動が同時進行で行なえる広さにしている。

・遊戯室
 玄関から次第に膨らんで遊戯室に広がる構成にしている。遊戯室が不整形なのは,年齢によって遊び方も活動量も異なる子供たちが一つの空間で遊びを共有できるようにするためである。
 午後の光がたっぷり差し込むアルコーブ的空間は低年齢の子や女の子たちのグループには居心地の良い場になるにちがいない。めったに使わないステージは分割して可動にし,あちこち移動して椅子がわりにしたり,小上がりのように遊びに使えるようにしている。この遊戯室には四方からの光が入るようにしている。主たる採光は南東面に設けた高窓で,夏場の熱気を排出し,真冬に差し込む光は器具庫の壁面を直射するに至る。


構法・材料

 木材の町ということで木造にすること,木材の多用がテーマでもある。大空間となる遊戯室部分は大断面集成材を必要最小限用いたが基本的に在来構法である。基本スパンを4.5mで計画したので主たる梁材は構造用集成材を用いている。
 屋根の基本はステンレスシームレス防水でフラットにしている。屋根勾配の考え方も厳寒地では注意を要する。陸別町でのさまざまな経験から落雪させれる勾配でないときには限りなくフラットが望ましい。屋根面の積雪は日射で溶ける。この溶けた水を移動させると軒先でつららや氷塊をつくりさまざまな問題をひきおこす。遊戯室部分は白の横葺き板金仕上げである。
 外壁は下見板張りを基本にし,遊戯室の立上がり壁のように再塗装に面倒な部分は金属板張りにしてメンテナンスを容易にしている。玄関廻りから遊戯室にかけての落雪や雨落ち側になる腰壁はれんが積みにして耐久性を高めている。


断熱・暖房計画

 外壁の断熱は,柱幅120mm部分にブローイングウール吹込み,さらに外側にフォームポリスチレン断熱材30mmで熱貫流率0.2kcal/m2h℃,屋根面はブローイングウール吹込み300mmで熱貫流率は0.14kcal/m2h℃となる。窓はスウェーデン製の三重ガラス入り木製サッシを用いている。
 暖房方式は,灯油炊きボイラーによる温水床暖房にして室温を低めにし,機器が子供たちの活動を妨げない方式とした。設計外気温−17℃,設計室温22℃の条件で全体のボイラー負荷は約60000 kcal/hとなった。暖房回路を南側の保育室ゾーンとそれ以外のゾーンに分け,約3万kcal/hの家庭用ボイラーを2か所に設置している。
 換気については,ことさらの設備はない。排気は基本的に窓の開閉とし,入気は150φのダクトを床下ピット内を経由させて若干の熱交換を期待し,強制ファンで6か所に送り込んでいる。
 1月に完成したのち,4月の開園まで室温保持のために設定温度10℃で自動運転を行なったところ日中の室温はおおむね18℃前後を保持し,灯油の消費量は1月末が約60 l/日,2月中旬以降は約50 l/日,3月上旬で約35 l/日であった。使いはじめてからの結果を待ちたいが,日射のダイレクトゲインが大きな効果をもたらしている。

パッシブソーラー

 最初に述べたように私は装置を好まない。コレクターなどを用いるアクティブソーラーにはほとんど関心がない。エネルギーを取り出すだけでは勿体ないしつまらないと思っている。太陽光を熱として享受すると同時に光のさまざまな演出を楽しみたいと思う。それはいつの時代の建築においてももっとも重要な建築家の腕の振るいどころなのだ。太陽光を取り込む窓は当然のことだが外の景色を眺める楽しみをもたらし,外と交歓する装置でもあるからだ。幸いに北海道は北欧とは異なり冬でもかなりの日射を期待できるし,もちろん日中は夏と変わりなく明るい。それがこの地の恵みでもある。
 屋根の上や見えないところに仕組まれた装置にお金を掛けるよりも窓の性能を高めたり,もっと窓辺の空間を豊かに造るほうが生活が楽しくなると思っている。そして,空間体験として太陽光の素晴らしさを体にしみ込ませることができると思うし,それは環境教育の一つになると思うのである。


Copyright©2002北海道建築工房 All Right Reserved.

[ Back ]